これまでの投稿でも書いてきたとおり、近年喧伝される公務員の兼業規制緩和とは、あくまでも地域コミュニティ振興や地場産業の人手不足対策など公益目的に合致する範囲内でのものがほとんどであり、自分の特技や趣味を活かした副業を有報酬で行いたいと思っても、まず許可されません。
 これはなぜなのでしょうか。その理由ははっきりと公表されているわけではありませんが、官公庁の人事部門の心の内を想像しながら、当サイトなりの仮説を紹介したいと思います。

 以前、国家公務員として中央官庁で働きながら、休日に趣味で行っていた写真撮影について、薄謝をもらえるか、経費精算は可能かなどのグレーゾーンの明確化を試みた人がいます。noteに様々な投稿を続けていた高埜志保さんという方です。

 上記noteの記述を表にまとめて紹介するとこんな感じです。

【私(高埜氏)から確認を行ったケース】【服務担当部署の見解】
1. 撮影の依頼を受け、その対価として謝金を受け取ること
(SNSのフォロワーや知り合いからの依頼で、宣伝写真やウェディング撮影を月に1〜3件行った場合を想定。報酬の価格設定についても聞かれたため、1件あたり5,000円〜30,000円と回答。実際の報酬基準額としてはかなり低いだろうが、最低ラインを例として示した)
国家公務員法第103条兼業(いわゆる自営兼業)に該当。
2. 自分で作成した写真集を販売し、そこから金銭的利益を得ること
(30冊ほど印刷し、1冊あたり500~1,000円程度の値段で販売する予定と説明。SNS上で販売するが、経費が利益を上回り自分自身の利益は殆ど見込めない場合を想定)
国家公務員法第103条兼業(いわゆる自営兼業)に該当。
3. 撮影のお礼として、金銭の代わりにお礼の品を受け取ること(例として数万円の商品券やお菓子の詰め合わせ等を想定)国家公務員法第103条兼業(いわゆる自営兼業)に該当。
実費精算の場合には報酬を受け取ることが可能であるものの、それを超えた報酬・御礼などを受け取ることは(友人や元々の知り合いであったとしても)複数回行った場合には営利目的の兼業と判断されることも想定され、一般的に慎むべき。例として挙げられた数万円の商品券は、営利目的ではないと判断するのは難しい。
4. 遠方に住んでいる方から写真撮影の依頼を受け、実際にかかった交通費を受け取ること報酬としてではなく実費精算である場合においては受け取ることができ、兼業扱いにはならないため申請の必要はない。
5. 写真撮影の依頼を受け、撮影にかかったカメラ等の機材代、衣装代、小道具代、スタジオ代等の料金を請求すること手元に残るカメラや衣装等の料金については受け取ることができないものの、消耗品やレンタルに係る実費精算である場合においては兼業には当たらないので受け取ることができる。
6. 企業から、「○○という商品を撮影し、SNSに掲載して宣伝してほしい。その代わり、宣伝していただきたい商品は差し上げるので、自由に使っていただいて構わない」といった旨の依頼を受け、企業から対価として金銭(謝金)ではなく商品を受け取ること国家公務員法第104条兼業(職員が報酬を得て営利企業の役員等以外を行う場合の兼業)に該当。営利企業との兼業については、その企業との間に利害関係が生じて公務の公平性を損なう恐れがあること、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務しなければならない公務員の信用を傷つける恐れがあることから、原則として許可しない取扱いとなっている。
高埜氏のnoteの記述をもとに当サイトで表形式に作成

 これを見ていて感じるのは、人事当局としてはなるべく消極的(兼業を認めない)方向で判断したがってるな、ということです。

 そもそもある公務員が、公職を離れた1人のフォトグラファーとしての技量を見込まれ、職務とまったく関係ない企業や個人から依頼された仕事に休日を費やして多少の薄謝を受け取ることが、守秘義務違反になることはおろか、職務の公正性を毀損することになるとも思えません。そうだというなら、人事当局の方が証明してほしいものですが、そんな証明は絶対無理でしょう。

 ではなぜダメなのか。ダメなものはダメだからなんです。

 なんだか笑い話みたいになってきましたが、結局の所、まず公務員一般に対しては、世間の厳しい目があります。「絶対クビにならず年収も決して安くはない公務員なのに、副業でさらにお金を稼ぐなどとはけしからん」という見方をする人が少なからずいます。

 その批判に対して防御しなければならないと考えたとき、せめて本業に関わりのある講演や執筆をするような副業ならば、本業を活かした社会貢献を行うという理屈でかろうじて対抗できるのでしょうが、本業とまったく関係ない特技・趣味系の副業を認めてしまえば、反論は難しい。となれば、そういうものは内容の如何を問わず信用失墜に当たる、したがって許可できないという判断を役所はしがちです。

 これは信用失墜という言葉の意味にも関わってくることで、最後は人事当局の裁量的判断になってしまうのかもしれませんが(たとえば、薄謝をもらって昼休みに職場の同僚に習字を教えるとかはOKという考え方もある)、仮に「世間の人々が眉をひそめるようなことをやっている」かどうか、が判断基準だとすれば、たとえばいわゆる風営法業種(水商売、ギャンブル等)に関わるような話ならストンと腑に落ちます。しかし、高埜さんのような一般的な人物・風景などの写真撮影が信用失墜とまでいえるかというと、そこまで過剰に規制する必要はあるのだろうか?という気はします。しかし残念ながらこれが現実なのでしょう。役所とは、常に身構えて生きています。

さて、ここで一つ「たら・れば」の話をしましょう。

 ある役所の人事課が、勤務時間外に、守秘義務を破ることなく、ネガティブリストに含まれない業種・職種で、職務と関係ない相手方に対して行う副業ならば全般的に解禁してみようと考えたとします。しかしその際はおそらくこんな議論になり、解禁は断念されると思います。地方自治体で、トップに強いこだわりがあるような場合は別ですが。

  • 副業できる才能・スキルを持ち、かつ本業も手際よくこなして時間をやりくりできる人には、勤務時間外にどんどん副業されてしまうおそれがあること。
  • 1つ例外を認めたら、どんどん広がりかねない。数字などで限度を作るにしても、どのような根拠でどの程度にきめればいいか、設定が困難。
  • 副業できる才能のある人を、そうでない同僚などが妬み、職場が分断されかねない。
  • 副業している人と、していない周囲の同僚との業務分担に疑義が生じかねないこと(副業にかまけて本業の手を抜いているとの噂が立ちかねなかったり、副業できるぐらい暇(余裕あり)なんだからと仕事を押し付けられる恐れもある)。
  • こうした職場の混乱により、行政運営の確実性・継続性・信頼性を毀損するおそれがあること。
  • 副業を大幅解禁すると、副業で稼げというメッセージとなって、職員給与削減(ベースアップ抑制)の引き金を引くことになりかねないこと。

以上を踏まえ、そんな面倒事が起きうるのならば、副業解禁なんてしないほうがいい。この1点だと思われます。人事ってそういう発想の人たちですからね。

 さて、高埜さんの話に戻します。そもそも写真撮影には経費や手間が掛かります。先方が謝礼を払っても頼みたいと思うだけの技量があり、実際に謝礼付きの依頼があっても、彼女は勤務先の判断に従い、依頼を請ける以上は謝礼を辞退するしかないという状況に至ります。

 ただ、謝礼を辞退することによって、写真を生業にしている他の人の報酬水準を下げたり、仕事を奪うことになりかねない(同じレベルのフォトグラファーがいるなら、この人に頼めば安く済むということになってしまう)などの悪影響を生む恐れがあることは、noteを拝見する限りご本人も自覚していたようです。彼女が一つひとつの案件について悩みながら受ける受けないを決めたり、条件交渉をしていたんだとすると、何とも言えない気持ちになります。

 結局高埜さんは、国家公務員のままでは有償での写真撮影や出版が困難であることも理由の1つに挙げて、のちに中央官庁を辞めています。noteの書きぶりから職員としても有能な方だったと思われるだけに、副業1つ解禁しないために組織から優秀な若手に逃げられるなんていかがなものか、と思ってしまうのは私だけでしょうか?

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